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2015.01.08

財産(レガシー)を使いきれ!社運をかけた『おやつカステラ』

「カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂〜♪」 だれもが記憶にある、懐かしいCMソング。 そこで踊る“仔グマ”がデザインされた、ひと口サイズの『おやつカステラ』が、 文明堂東京より発売された。 手にとる人が“おやつは文明堂”と口ずさんで欲しい。 そう想いをこめた商品を前に、新旧の世界観が炸裂したドタバタ劇を、三人が振り返る。

肥留間 一 (ひるま・はじめ)
株式会社文明堂東京 マーケティング部長 1983年文明堂東京入社。羽田空港を中心とした新規市場開拓に従事した後、マーケティング部にて商品開発に携わる。文明堂は1900年長崎にて創業(現・文明堂総本店)。1922年に東京進出、上野に1号店出店(東京文明堂創立)。1925年宮内省御用達を賜る。1957年TVCMを開始。2010年㈱文明堂新宿店・㈱文明堂日本橋店が合併し、現・株式会社文明堂東京となる。

山田 遊 (やまだ・ゆう)
株式会社メソッド 代表取締役 バイヤー/クリエイティブディレクター。南青山のIDÉE SHOPのバイヤーを経て、2007年、クリエイティブディレクション事務所「method(メソッド)」を立ち上げる。グッドデザイン賞審査委員、「APEC JAPAN 2010」・「2012年IMF・世界総会」にて世界のゲストへのお土産品セレクト、京都精華大学非常勤講師など、多岐に渡り活動中。

近藤 ナオ
31VENTURES プライベートコンサル

ミッションは“二切れ売る”こと

日本橋に本店を構える「文明堂東京」。贈答用菓子の老舗として、関東を中心に名をはせる同社だが、主力商品である“箱入り”カステラの売上低迷に直面していた。きれいに包装された箱入りカステラはサイズも大きく、価格も高くなってしまう。そんななか、 2013年10月に少量単位でのテスト商品として「東京カステーラ」を販売したところ、カステラの売上が伸長。これを機に、従来の百貨店中心の販路に加えて、「小分け売り」「総合スーパー(GMS)」「日常のおやつ」というカジュアルな商品展開に進出することが決まった。―会社から与えられたミッションは、「二切れで売れ」。しかし、「老舗の高級なカステラ」という骨の髄までしみこんだ意識が、新商品開発をするマーケティング部を、迷走させていた。

肥留間 プロジェクトがスタートしたのは2014年5月。会社からは「半年以内に発売せよ」という、めちゃくちゃな急ぎ感でした。私の部内で、早速新商品のデザインコンセプトを練り、それを形にしてくれるデザイナーを探していたんです。それで、新しいビジネスの場づくりをしている、Clipニホンバシのファシリテーターである近藤さんに相談したのです。

近藤 企画書を拝見し、言いたいことは理解できましたが、Clipとしては、デザイナーを紹介することより、まず販売の戦略に立ち戻っての検討が必要だと。そこでClipのイベントにも参加したことがある、クリエイティブディレクターであり、物販に関するプロでもある山田遊さんに、相談してみることにしたんです。

山田 その時拝見した商品イメージは、高いデザイン性で絶賛されている福砂屋さんの「キューブカステラ」の路線に近いもの、いわば百貨店の流通狙いでした。よりマスな売場で販売していきたい方針と、創ろうとしているパッケージが全然フィットしていないのです。今回、文明堂さんが、スーパーマーケットからイオンのような総合スーパー(GMS)までの販路を狙うのであれば、今までのトンマナを守る必要はなく、ある意味スタンドアローンの商品であるべきだと。具体的な条件としては、単品で成立する“強い個性”と、敷居の高さを払拭した“親しみやすさ”と、贈答用ではない“日常のおやつ”としての訴求が大切、と指摘させていただきました。

肥留間 実は私も、自部署で進めてきながら、これでいいのかと迷いがあり、歯がゆかったというのが正直なところ。マスに流通させるのが目的なのに、文明堂内にある「老舗で高級な贈答用のカステラ」という無意識が邪魔をして、どうしても従来の発想になっていた。一方、今までお願いしていた社外のデザイナーもいたのですが、彼らは僕らの体質や事情をある意味、必要以上に「理解」して事をおさめてくれちゃう。そこも変えていきたいと思いましたね。

文明堂の“財産”を使わずして、どうする!

一世紀近くも由緒正しき商品路線をひたむきに続けてきた文明堂東京。しかし、クリエイティブディレクター・バイヤーとして数えきれないほどの商品と対峙し、鍛え抜かれた山田の目には、他にはない文明堂東京の“財産”がはっきりと映っていた。

山田 何が何でも売りたいという戦いの中で、まず、歴史ある文明堂が持つ財産はひたすら使い切ろうと思いました。そうした時、僕含め、世の人が文明堂の名を覚えたのは、あの “クマ”のCM。子供の頃に食べた記憶を一気に想起させる、強烈なインパクトがある。そんな文明堂の財産であるこの“クマ”を、パッケージに使わない手はないでしょう、と。

肥留間 確かにあのCM当時、ゴロが良い「3時のおやつは文明堂〜♪」という宣伝フレーズにのせて世に浸透していきました。当時の宣伝担当も、ここにそこまで強い意味を込めてはいなかったと、私は推測しますけどね。一方で会社としては、「カステラはもともと高級な贈答用菓子」という意識も強く、「3時のおやつ」の象徴になってしまったあの“クマ”を、その後の商品宣伝に使うことには、どうも抵抗があったんです。おかしな話なんですけどね…(笑)。でも、こうやって議論を重ねるうち、あぁ、外から見たうちのイメージって、決定的にあのCMの“クマ”なんだよな…って。今回、新たに“おやつ”として売っていく商品には、この“クマ”こそがふさわしいんじゃないかって思い直したんです。

山田 僕も、かなりズケズケと否定をしてしまいましたが…。でも正直、会社的にクマを使わない絶対的な理由があるとか、確固たるブランディングの方向性がある訳ではなかったので、逆に“今までの踏襲”に固執する必要もない。だからこそ文明堂としても、ここで思い切り、そこから “ジャンプ”する必要はあるのでは、と。

肥留間 “クマ”を打ち出すというように、方向性を大きく変えるには、まず社長含め役員の説得が必要です。また、前例がないことに反対が起こるのも目に見えていました。しかし、私も意を決しました。お二人にも参戦していただき、新しい販売における戦略を提案すべく、社長プレゼンに臨むことになったんです。事前に社長から内容を尋ねられたんですが、私だけでは負けると思い、必死で黙っていましたが(笑)。

「今こそ、文明堂の財産を使うべき」という突然の新風には、案の定、不穏な感を見せる役員も多かった。しかし、社長の一言は意外にも「これでやってみましょう」。この時トップの目に、しかと“クマ”が財産に映っていたかは定かではないが、挑戦に対しては後押ししてくれたのだ。こうして賽は投げられたものの、社内ではまだまだ向い風が吹いていた。

“共通言語”が見つからない?

今回、山田が担った役割は、望む販路で商品が売れるカタチを考え先導する、いわばマーケッター+クリエイティブディレクター。そして、デザインはY2(※)とタッグを組む。一方、文明堂社内では、肥留間が関連部署との調整に奔走するなか、制作過程でも新しい世界観への抵抗が起きていた。この混迷する現場と、販路を見据えたクリエイションとを、Clipのファシリテーター・近藤が橋渡しをすることにもなる。

山田 Y2さんにデザインをお願いしたのは、何よりも “前のめりにコミットしてくれる”からなんです。

近藤 さらにY2さんは “売る”ことを見据えたデザインができますしね。 “新たな事業を社外でクリエイトする”ということがClipのコンセプトなので、今回も、流通を無視した単にオシャレなものを創るのではなく、当然ながらビジネスとして成り立たせたいというのがあったんです。

肥留間 うちは商品開発の現場でも過去踏襲の慣習があったので、積極的に提案してくださる今回の皆さんは、社内でも、それはそれは衝撃的な出来事でしたよ。

近藤 提案内容も抵抗があったのでしょうが、使っている言葉自体も違うようでしたよね。肥留間さんの部署の方々が、山田さん・Y2さんとの打ち合わせが終わると、僕のほうに、「先方が怒っているんですけど…」って(笑)。

山田 怒ってない!怒ってない!(笑)

近藤 また例えば、商品のPOP担当である社内のデザイナーさんが、Y2さんの方向性をなかなか理解できない。「今までの文明堂だと、こういう方向が売れたんです」って。そんな時僕が「今創ろうとしているものは、今までのトンマナとは全く違うので、デザインのルールも違うんですよ」と考え方の境界を示唆して。そこで初めてY2さんの言葉が理解できる。そういう混同が多かったですね。

肥留間 やはり、簡単には、今までの世界観と新しいそれとの割り切りができなかったのでしょう。近藤さんには、頻繁に“通訳”になっていただき、話をおさめてもらいましたよね。

近藤 無理もないと思いますが…。僕は仕事柄、大企業・老舗企業・行政などとの関わりが多いので、文明堂さんのような大組織のロジックは理解ができると、若干の自負はありました。なので、相互通訳というよりは、Y2さんたちの新しい切り口を文明堂の現場へ“翻訳”していく方に、注力しましたね。このように、企業とクリエイターが協業するイノベーティブな開発の場面では、共通理解に至るまでに様々なミスコミュニケーションが起こりがち。今回のことを通して、そこの橋渡し機能の必要性も、改めて強く感じました。

肥留間 実は、僕自身もパッケージが具現化していく途中、不安に襲われ、山田さんへ相談にいったことがあるんです。「本当にこれでいいんですかね?」って(笑)。

山田 「どれだけミスっても、東京カステーラよりは売れるはずだから、大丈夫ですよ!」って太鼓判押して(笑)。

Y2:“有井姉妹”が愛称のデザインユニット。伝統工芸や地場産業にまつわる商品デザインを多く手掛ける。

多くの“タッチポイント”がPRの鍵

さかのぼれば宮内省御用達でもあった文明堂のカステラ。憧れの高級品の名は、何もしないでも知れ渡っていった。文明堂が抱えるPRに対する苦手意識は、日本指折りの老舗菓子企業としての、避けられない宿命ともいえよう。そして今回、“おやつ=文明堂”の刷り込みのため、前代未聞のPRにも挑戦することになる。

山田 パッケージの側面には、欲張りに全ての財産(レガシー)を入れ込みましたよ。「カステラ一番、電話は二番」のCMフレーズ、5匹のクマ、蜂蜜を練り込んだ優しい味、お手軽な二切れサイズ、安心感ある文明堂の品であること、などなど。独り歩きしても、文明堂を充分にPRできるようなパッケージなんです。また、この商品を媒介に、例えばCM世代が、子供に懐かしの味を教えてあげるといったコミュニケーションが生み出せたらいいな、と。さらに若い世代の間でも、SNS等で口コミにつながったり、“おやつ=文明堂”という再発見をしてもらえたら、なお嬉しい。要はお客さんに対して、どれだけタッチポイントがあるかというところが、今回のコンセプトなんです。

近藤 さらに量販路線のため、ぱっと見で中身が分かるよう、黄色い“カステラ色”でいこうと。

肥留間 そんなふうに、先日の店長会で商品の狙いを説明したところ、思いのほか評判が良く、みんな「売ってみたい」って言うんですよ!売上責任がある彼女たちがそう望むんだから、我が社にこのイメージを持っていたのかなぁ、なんて。

山田 僕は、店長さんの気持ちがよく分かりますね。彼女たちの中にもこのような記憶やイメージが健在であるなら、なおさら一般のお客さんも共感してくれると思います。

近藤 店長自身も、店頭のトークで広められますからね。今までとは全く違ったPRですけどね。

山田 それと僕は、ぜひあの「カステラ一番〜♪」のCMソングを商品脇で一緒に流したほうがいいと!

肥留間 ご提案通り、それも何店舗かのモニターでやる予定です。

山田 本当ですか!今回は、僕含め関わる人すべてが発信力を意識して戦ってきた。これからは会社一丸となってPRができたらいいですよね。何はともあれ僕は単純に、子供の頃CMで見ていた文明堂さんに、こんな形で関われて本当に光栄ですし、これをお土産に持参して相手の反応を見るのが今から楽しみです。

肥留間 もしこれが売れたら、百貨店での新たな展開もありえるかもしれませんね。それと、今回のことを足掛かりにして、ブランディングを見直す時期が来た気もします。いろんな面で、気を引き締めていかないとですね。

山田 いよいよ、発売。何が何でも、ぶっとばしてみせましょうよ!!

組織の暗黙知に、風穴をあけること。組織の価値を、新しい言語に翻訳してみること。そんな過程にも、イノベーションが見え隠れしていそうだ。

取材日 2015年01月