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COLUMN
2015.01.08

ハイヤーから新しいビジネスが始まる

「ハイヤーの中で、ビジネスが生まれたら?」―。 ベンチャー支援のトーマツベンチャーサポートと、タクシー最大手の日本交通が組み、 ハイヤーの中で大手企業とベンチャー企業とが出会える新サービス、 『ハイヤーピッチ』を開始した。 羽田空港に向かうハイヤーの中、二人は万感の想いとともに、 その未開拓の空間に望みをかけた。

斎藤 祐馬 (さいとう・ゆうま)
2006年監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)入社。公認会計士。会計監査、株式公開支援業務、内部統制構築支援業務などに従事した後、2010年よりトーマツベンチャーサポートの事業の立ち上げに参画。300社以上のベンチャー企業に向けて販路開拓支援、パブリシティ支援、資金調達支援などを実施することに加えて、50社以上の大企業向けに新規事業創出支援を行っている。

濱 暢宏 (はま・のぶひろ)
2014年日本交通入社。グロービス経営大学院(MBA)。新規事業開発及びスマートフォン配車アプリ事業の統括。無線センター(コールセンター)の副センター長も兼務。2015年1月にリリースされたLineとのコラボレーションである「LINE TAXI」など、配車アプリの新サービス開発を主導し、日本交通の新規顧客開拓を牽引。同社は、陣痛タクシー、キッズタクシー、お年寄り用ケアタクシーなど新サービスで業界にイノベーションを起こしている。前職はシャープ株式会社。

ハイヤーが“会議室”になる瞬間

トーマツベンチャーサポートが手掛ける大企業とベンチャーとをつなぐ「Morning Pitch(※)」は、ベンチャーとの提携に意欲的な多くの参加者により、毎回大盛況。しかし、ビジネスマッチング効率においては、課題も残されていた。一方で、創業以来、高品質の乗務員と車両により、絶大な信頼を得てきた日本交通は、移動手段以外の付加価値を模索していた。そんな中、Clipニホンバシでの出会いにより、二人の想いが化学反応を起こしていく。

斎藤 ようやく今日、『ハイヤーピッチ』がスタートしますね。

 昨年12月にリリースは出していましたが、今日が記念すべき第一回!

斎藤 濱さんとの出会いは、Clipニホンバシでの「イントレnight」でしたね。僕が登壇者で、濱さんが参加者の一人として。

 かれこれ8カ月前、2014年の6月でしたね。

斎藤 「イントレnight」で僕が伝えたお題は、「Morning Pitchのサービスを更に進化させたい」ということでした。大企業の新規事業担当や、部長レベルの参加者が多い「Morning Pitch」は、ベンチャーとの連携話を社内に持ち帰っても、実は話が進まないこともある。経営層からすると、自分が知らないベンチャーを現場が提案して上げてきても、どうしても疑ってかかってしまう面があるからなんです。そこで、より効率のよいマッチングのために、ベンチャーが大企業の役員たちを前に直接プレゼンする「出張Morning Pitch」を始めたところ、遅々として進まない提携話がトップダウンで即決するケースも出てきました。でも、取締役全員を集めること自体がとてもハードルが高く、1年に1回くらいしか実現できない。だからもっと気軽に彼らが出会える場があれば、取引が活発になるだろうと思っていたんです。

 僕のほうは、一言でいうと「タクシーやハイヤーの競争のルールを変えたい」と思っていたんです。我々、競合と比べても、 “品質”には絶対的な自信があるんですよ。でも、それだけだと、今後の人口減や自動運転の進化の中などでは、残念ながら伸び悩む可能性が高い。ハイヤーは、多くの企業幹部にご利用いただいておりますが、移動時間は“コスト”という扱いだと考えています。そうではない部分で、競争力を生むような、輸送機能以上の付加価値をつけることはできないかと思っていました。

斎藤 一方で、1年半前、トルコ航空がビジネスクラスの席で、ベンチャーのピッチ動画を流すサービスを始めていたんです。個人的には、そういうのもおもしろいなぁ…と思っていた矢先でした。

 我々はすでに新しい取り組みの一つとして、タクシーの中で、母の日ギフトの“物販”トライアルも経験していたんです。空いているトランクに在庫も置けるので。でも他に負けない乗務員や車両の活かし方には、まだまだ可能性があると考え続けていた。そして、今回のイントレnightという場がひとつの契機になったんです。斎藤さんのプレゼンを聞き、役員の“隣の席”が空いているハイヤーに、もうひと方乗ることで、ビジネスのきっかけが生まれるとしたら、付加価値になるかもしれない、とひらめいた。そのように、車内で事業機会を生み出すサービスを提供できれば、移動時間が“プロフィット”を生み出します。それが新しい競争ルール、かつ日本交通のハイヤーが選ばれる新たな理由にもなると思いました。そしてイベント後半、個々のアイデアを形にする際に、「ハイヤーの中でベンチャーが役員にPitchをする」という企画を出したんです。

斎藤 イベント後にいただいた提案のなかで、「おっ!」と目を引いたのが、濱さんの案でした。今まで役員たちにプレゼンするのは“会議室”がベースだったんですが、時間が割けないのが一番のネック。でも、そんな彼らにも必ず“移動時間”はある訳で。そこに目をつけたのは、単純におもしろいなぁ、と。早速、Clipのファシリテーターにミィーティングをセッティングしていただき、実現に向けて三者でブレストを開始したんです。


「新しいビジネスマッチングの場」と「ハイヤーの遊休スペース活用」。日常では重なることがなかった各々の模索が、Clipでビジネスに着火した。そしてそれは、ハイヤーが“会議室”になる瞬間でもあった。



トーマツベンチャーサポート株式会社 斎藤 祐馬氏

現場での直観が、確信のドライブをかける

一方で創業以来86年もの間、安全・高品質なハイヤーをモットーに邁進してきた日本交通の社員や、今までに例のない新サービスの提案を受ける大企業の現場で、物議が起こることはたやすく想像ができた。

 お客様がハイヤーで“都内”を移動する際は、そもそも短時間な上、常に書類を読んだり電話をしたりと、大変お忙しい。そんな中でのプレゼンは厳しいな、と。あれこれ可能性を熟慮するなかでいきついたのは、“羽田空港への行き帰り”のシーン。企業幹部が空に向かっていき、空から帰ってくるような長距離の移動時間では、ちょっとだけ心に“余裕”が生まれるんです。まずはそのシーンに絞り込んで、トライアルでニーズを探っていこう、という方向性になったんです。社内でも、その方向だったらば可能性があるかもね…、と。徐々に理解を得ていったのです。

斎藤 そのシーン設定は、経験がある日本交通さんだからこそ、着想できるんだと。例えば僕なんかは、やはり新宿から大手町移動というシーンで想像していた。ハイヤー現場における知見の差は歴然としていましたね。

 そういえば、最初にご利用していただけるお客さんにご予約を頂くまでには、やはり時間がかかりましたよね。

斎藤 そう。「ハイヤーはプライベートな空間だから、そんなに簡単じゃない」って声が。そりゃそうですよね、今までそういう場所でしたから。でも実際、役員の下の方たちがそう言っていただけで、有望なベンチャーの話を聞きたいっていう役員は結構いる訳ですよ。僕らは「出張Morning Pitch」の際に、会議室に駆けつけたベンチャーのプレゼンを聞いて、一気にワクワクした表情に変わる役員を、間近で見ていた。偉くなるほど現場との接点がなくなるので、それに飢えている人は多い。だから仮に、空き時間に気鋭のベンチャーに出会えるとしたら、それはもう喜ぶ人もいるだろうな、と。

 お互い、いける、という感触はありましたよね。

日本交通株式会社 濱 暢宏氏

ハイヤーピッチはビジネスマッチングの“スタート”

トーマツベンチャーサポートとしては、支援したベンチャーや大企業が、将来の顧客になる可能性もある。一方日本交通としても、これが軌道に乗り、ビジネスマッチングのインフラとなれば、新しい顧客層の獲得に道が拓ける。そうマスコミに騒がれだした今、口を揃えて言うのは、「あくまでも、新しいビジネスマッチングにおけるスタート」だということ。二人が見つめる風景とは?

斎藤 この『ハイヤーピッチ』はベンチャーと出会う“リアル”な空間ですけど、今後いろんな場に発展していければいいな、と思います。

 おっしゃる通り。日本交通が今年1月から開始した「VIPタクシー」の後部座席には、10インチのテレビを導入しているのですが、例えばハイヤーの車内にもモニターを設置し、いろんなベンチャーのプロフィールが頭出し可能な映像を視聴でき、役員がこのベンチャーに会ってみたいというのがあれば、トーマツさんのほうでマッチングができるとかね。または、それこそ会議室みたいに、ハイヤーのホワイトボードで議論ができたり。いろんなテクノロジーやツールを活用すれば、更なる付加価値の可能性は広がると思います。

斎藤 実際、『ハイヤーピッチ』が“文化”となるには時間がかかるとは思います。でも、今いろんなメディアに取り上げていただいていることで、それを見た経営陣の方が、直接「やってみたい!」と声をあげてくれるようになると、もっと需要が増えていくと思いますしね。

 また、この『ハイヤーピッチ』は、現存の乗務員や車両を活用して実施しておりますが、どんどん拡大していけば、ピッチ専用ハイヤー車両を準備していく可能性も十分に考えられます。

斎藤 今回のサービスでもそうなんですけど、ビジネスを形にしていくには、まずはリスクを抑えて、かつ分かりやすい成果が出る形に早くもっていく。そして、その中で成功したものをきちんとやることが、大切だと思いますね。例えば今回、投資に関していうと、ハイヤー代プラスαというように、ほとんどないわけですよ。でも「ハイヤーでピッチする」という企画自体がおもしろいので、マスコミには興味をもっていただける。何回か露出をすれば話題にもなるだろうし、費用対効果からいってもトライする意義は、まずありますよね。だから、本番はこれからですよ。

“やる人”と“巻き込む人”

 新規事業を考える場に関して言うと、実行にコミットしている人同士が集まらないと、なかなかビジネスにはつながらないのでは、と感じます。

斎藤 僕は、仮に濱さんみたいな人がざっと10人集う場があったら、世の中を変える何らかの力になると思いますね。

 斎藤さんの話を絶対ものにして帰ってやる!という気合いであの場にのぞんでいましたからね(笑)。実際、絶えず次のアクションを考えてはいます。

斎藤 そういう、まず“やります”ってベースで話せる人って、世の事業会社の中で本当に少ないんですよ。大きくなればなるほど、“無理”ベースでものごとを見る人が増える。ビジネスマッチングを長く支援していると、「この人は深堀していくと一緒に何かできるろうだな」という人と、そうじゃない人が、すぐ分かる。濱さんは初めから“一緒に通す”ベースで、どういう風に社内を調整するかという議論から始まった。そういう“やる人同士”でやると、前に進めるんです。

 自分が意識している点としては、自社のケイパビリティ(組織的能力)がどんな業界の人にでも刺さるような説明内容を心がけています。だからハイヤーやタクシーの定義も、相手の業界ごとに変えてディスカッションをしています。通信業界の人だったら基地局とかセンサーだし、小売や物流業界の人だったら輸送手段とかね。そうやって相手企業に対し、どのような課題解決につながるのかを考えていき、その論点にエッジがたっていれば、どこかにビジネスの接点があるはずなんですよね。あとは粘り強く実現方法を考えて実行する。つまり、「相手に寄り添い、小さいところから成功体験を生む」ということですかね。

斎藤 そう、それがビジネス化していく中で、分かりやすい成果となって他の力をも引き寄せる。

 そうおっしゃるように、斎藤さんは、一人でできないことでも、レバレッジをかけるようにいろんな人を一気に巻き込んでいく。今までにない世界を創っていく司令塔の力がものすごくある。そして、きちんと人とお金とモノとが集まってくるというのは、一つひとつ結果を出してきた証拠。それは、いわば奏者の息があった曲を生み出す“オーケストラの指揮者”。今後も斎藤さんの周りとのコラボレーションを通じて、一緒に新しい価値を生み出していきたいと思いますね。


ビジネス創造といっても、所詮は“生身の人間”のなす技。「やる人間」と「巻き込む人間」。両者における“信頼の化学反応”があってこそ、新しい常識が近づいてくるのかもしれない。

※Morning Pitch:2013年1月より始まった、ベンチャー数社が大企業に向けて事業内容やビジネスモデルを発表するイベント。トーマツベンチャーサポート、野村證券、Skyland Venturesが主催し、毎週木曜日の朝7時に開かれる。不動産や教育、農業というように多彩なテーマで繰り広げられ、そこでベンチャーと大企業の新規事業開発部門の現場担当とが出会い、取引や提携が生まれるきっかけの場となっている。

取材日 2015年01月